
「伝える」だけでは届かなかった課題にビジネスで挑む。教育現場発・“育ち”を科学するプロダクト開発の舞台裏
アドリブワークスでは、アイデア段階から挑戦できるスタートアップスタジオ「norosi」を運営しています。今回は、アドリブワークスが愛媛県より事業を受託し実施された、愛媛県内発のスタートアップの創出を目指すプログラム「NEXTスタートアップえひめ」でファイナリストに選ばれた起業家のストーリーを紹介します!
プロフィール
中村ひとみ
合同会社みらいチャーム代表。兵庫県加古川市出身。エリザベト音楽大学声楽科卒業。在学中より様々な演奏会へ出演、舞台製作に携わる。音楽教室を主催し、子育て広場、幼稚園の音楽を担当。アメリカンスクール等、様々な子どもと接する傍ら、幼児教育、教育キネシオロジーの研鑽を積む。2021年、夫の転勤により松山に移住。2023年NPO子どもの成長みまもり隊を立ち上げ、2025年5月合同会社みらいチャーム登記予定。
中村さんのこれまでの経歴と、事業を始めたきっかけを教えてください。
中村さん:大学では声楽科で、いわゆる歌曲やオペラの声楽技術を学びました。学生時代はひたすら「自分の体と向き合う」ことに没頭していて、ブレスひとつにしても、一秒でも長く息を続けるための方法を追求する日々でした。
卒業後町の音楽教室で教えるようになり、子どもたちのピアノを見ていたときに、「手の使い方がみんな違う」ことに気づきました。自然にやらせようとすると、生徒さんによって体のポジションや使い方がまるで違ったんです。
また、歌の教室に通う大人の方々でも、「もっと声を響かせたいのに、口がうまく開かない」「舌が使えない」「息が吸えない」といった悩みを抱える方が多くいました。
中村さん:「なぜできないのか?」「どうやったらできるようになるのか?」を知るために、整体の先生のところへ通ったり、他の分野も調べたりした結果、最終的に「赤ちゃんの頃の体の育ち方」に行き着きました。
例えば、子どもの頃に体幹を刺激する一番最初のスイッチが入っていないと、大人になっても体が使いにくく、姿勢の悪さや疲れやすさの原因になったりします。乳幼児期に学んだ体の使い方が、人生の長い期間にわたってQOLに影響を及ぼすんです。
中村さん:「このことを多くの人が知ったら役に立つのでは」と最初はNPOを立ち上げて、乳幼児期のお子さんがいらっしゃるご家庭向けの啓蒙イベントを開催しました。
しかし、お子さんの体の育ち具合や使い方を外から見て判断するのは知識や経験も必要。だからといって、専門家がずっとそばにいるのも現実的ではありません。
そこで「使うだけで誰もが子どものより良い成長をナビゲートしてあげられる『道具』を作ろう」というアイデアに辿り着きました。
愛媛県×norosiプログラム「NEXTスタートアップえひめ」に参加したきっかけは?
中村さん:「NEXTスタートアップえひめ」の存在を知ったのは、Instagramで流れてきた広告がきっかけです。ちょうどNPOでの啓蒙活動に限界を感じ、「これからは法人を作り、プロダクトを販売していこう」と決めたタイミングと重なっていました。
NEXTスタートアップえひめとは
株式会社アドリブワークスと愛媛県の協働プロジェクトとして、愛媛県の創業・スタートアップ支援策「愛媛グローカル・フロンティア・プログラム」(EGFプログラム)の一環として行われるスタートアップ育成プログラム。
norosiが提供する起業家支援サービスをカスタマイズし、短期間で事業アイデアのブラッシュアップから事業計画作成・ピッチの特訓・協業パートナーの獲得までを一貫支援する。
中村さん:参加を決めたのは、このプログラムのアンバサダーを務めていた古坂大魔王さんの存在も大きかったですね。昨年度のNEXTスタートアップえひめの成果発表会で彼の話を聞き感銘を受けたので、「私も直接お会いしたい!」という思いで応募しました。
もうひとつの理由として、愛媛県の知事にお会いして、乳幼児の体の発達や子どもの成長にまつわる課題について知ってもらいたいという思いもありました。
乳幼児期は不思議なカテゴリーで、誰もが「人生の土台を築く大切な時期」と知っているのに、その時期における課題の認知度は低く、まだアプローチがあまりされていません。
本来は福祉や医療だけではなく、「育ち」そのものにも注目が集まってよいはずです。
例えば岐阜県飛騨市のように、作業療法士を幼稚園や小学校に配置するなど、全国でも先進的な取り組みをしている自治体もあります。
そうした新しい視点を愛媛からも広げていけたらと思い、参加を決めました。
プログラムを利用した感想は?
中村さん:プログラム参加前は、自分たちの「子どもの成長を支援したい」という思いを伝えても、なかなか伝わらないことが課題でした。
社会の変化によって、すべての子どもにとって必要な体の「育ち」のプロセスが揺らいできています。今の子どもはみんなその中で育っています。とすれば、支援が必要なのはスペシャルニーズのお子さんだけでしょうか?
しかし現状は、すべてのお子さんへの支援が必要だと認識されていないために、行政や支援団体に話をしても「発達障害児の支援ですか?」「子ども食堂をしたいということですか?」と誤解されてしまい、もどかしさを感じていました。
振り返ると、私が長年教育畑で働いてきたこともあり、ビジネスの世界の言葉で話せていなかったことも「伝わらない」原因の一つだったと思います。思いを伝えても「課題はわかったけど、それがどうビジネスになるの?」と疑問を投げかけられてしまい、そこで話が止まってしまうからです。
中村さん:プログラムでは、ビジネスの視点を学びながら、自分のやりたいことをビジネスの言葉に翻訳しなおすことに取り組みました。コーディネーターの方々が根気強く、「ターゲットは誰ですか?」「誰に向けてどんな価値を提供したいんですか?」と基本的な質問を問い直してくれたことで、少しずつ「翻訳」を進めていくことができました。
教育とビジネス、両方の視点を持って考え、伝えられるようになったことが、自分にとって最大の収穫ですね。
中村さんが現在取り組むビジネスについて教えてください。
中村さん:子どもの成長や発達をサポートする道具を提供する、育児道具のスタートアップを目指しています。
たとえば、子どもが何かを食べる動作ひとつ取っても、「スプーンを手で持つ握力」「スプーンを口まで持ってくる空間把握能力」「唇から喉までの筋肉や神経を連携して動かす嚥下(えんげ)機能」が必要です。そして既存のスプーンは、大人用のスプーンをただ小さくしただけなので、これらの力を身につけるのに最適な形をしていないのです。
医療・保育・教育の専門家が集まり、こうした能力を自然に引き出し、育むことに特化した道具を開発、技術とデザインの力で子どもの体の育ちをサポートしたいと考えています。
スプーン以外にも複数の製品の開発を予定しており、現在は大学と連携した実証実験も進行中です。
起業を経て、マインドにどんな変化がありましたか?
中村さん:特に大きく変化したのは「誰に向けて届けるのか」という視点に対する考え方です。以前は、できるだけ多くの人に届けたいという思いが強く、安価で広く普及することが正義だと信じていたんです。
しかしビジネスの視点を学んだ現在は、「持続可能な事業にするために、まず価値を認めてくれる層に向けて届けることが重要」だと理解し、受け入れられるようになりました。
もちろん、最終的には多くの人に手に取ってもらいたいという思いに変わりはありませんが、そのために必要なステップを一歩一歩着実に歩もうという「起業家としての思考」を手に入れられたことが大きな変化です。
アドリブワークスでは起業の志を持つ個人の方に対して、再現性高く事業開発を進められるプログラムを提供しています。プログラムの利用を検討する方は、下記からご連絡ください。
▶︎個人で起業に挑戦したい方はこちら:スタートアップスタジオnorosi