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誰もが楽しめる「体験型演劇」を仕掛ける二人に聞く、養父で面白いことが起こるワケ

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観客自身が物語の登場人物となり、ストーリーに没入する体験型演劇「イマーシブシアター」。和久井 香菜子さんと栗山 依子さんは、障害の有無に関わらず誰もが楽しめるインクルーシブなイマーシブシアターを養父市で企画中です。

今回はスタートアップ・起業家のための地域ツアー「hidane Camp(ヒダネ キャンプ)」に参加したお二人に、企画のこだわりや物語の舞台として兵庫県養父市を選んだ理由を伺いました。

プロフィール

栗山 依子

スタートアップスタジオnorosiコーディネーター。長年広告代理店につとめ、出産をきっかけにアドリブワークスに参画。各プログラムの伴走だけでなく、地元企業との協業や、norosiに関わる起業家と共に事業開発に取り組む。

プロフィール

和久井 香菜子

編集・ライター。主に医療情報、ジェンダー問題について取材・執筆している。早稲田大学第二文学部の卒業論文で「少女漫画の女性像」を論じたことをきっかけに、少女マンガ研究家としても活動している。障害者が活躍する編集プロダクション合同会社ブラインドライターズの代表を務める。

hidane Camp(ヒダネ キャンプ)とは?


「hidane Camp」とは、norosiに所属する起業家・スタートアップたちがnorosi加盟自治体へリアルに集う、合宿形式のツアーです。

地域の課題をその目で確かめ、その解決策を磨き上げ、自治体の担当者の方にプレゼンテーションします。

地域課題と事業内容がマッチすれば、スタートアップ×自治体・地域の事業者との実証実験やコラボ事業も生まれるかもしれません。

兵庫県内陸部にある国家戦略特区・養父(やぶ)市とは?


兵庫県養父市は人口約2万人、県の北部に位置し、西は県内最高峰である氷ノ山、北は兵庫県・大阪府・京都府にまたがる妙見山に囲まれた、美しい自然が魅力の地域。

日本各地のブランド牛のルーツとも呼ばれる黒毛和牛「但馬牛」や、さわやかな香りが特徴の「朝倉山椒」などの特産品が知られており、豊かな自然を活かした農業やアウトドアスポーツが盛んです。

近年は「世界で一番ビジネスがしやすい環境」を創出することを目的に創設された国家戦略特区に指定され、従来の法制度や規制にとらわれない新たなビジネスにも取り組みやすい地域となっています。

あらゆる人が楽しめる、インクルーシブなイマーシブシアターを養父で!


ーーそもそも「イマーシブシアター」とはどんなものでしょうか?

和久井さん:イマーシブシアターは、観客たちが物語の世界に入り込み、登場人物として介入できる体験型の演劇のこと。昨今流行している脱出ゲームやマーダーミステリーといった体験型の謎解きゲームも、イマーシブシアターのジャンルの一つです。

舞台空間や音の演出・シナリオなど、全身で作品の世界観に没入できるのが特徴で、有名漫画やアニメとのコラボ企画も多く、町おこしのプロジェクトとして催されることもあります。

ーー今回のイマーシブシアタープロジェクトについて、コンセプトや企画内容を教えてください。

和久井さん現状のイマーシブシアターは、障害者が気軽に参加できるものが少ないのが非常に問題だと思っています。

近年、「謎解きやボードゲームが論理的思考力や交渉力を鍛えるのに役立つ」として、ビジネスワークショップや中学受験の場でエッセンス的に取り入れられることが増えてきました。

障害者がこうした知的遊戯に関わる機会がないということは、彼らがそれらの能力を伸ばす機会も失われているということ。こうしたエンターテイメントの領域でもバリアフリー化が進まないと、健常者との能力の差や差別はなくならないと思っています。

だからこそ障害の有無にかかわらず、全ての人が楽しめるインクルーシブな没入体験を作り、かつ障害者の方たちに運営側として参加してもらうことで、就業機会の創出にもつなげたいです。

栗山さん:和久井さんはアクセシビリティ(※1)の視点を学ばれて、視覚障害を持つ従業員の方と一緒に事業をされていますよね。そんなバックグラウンドのある和久井さんだからこそ仕掛けられるプロジェクトだと思います。

(※1) アクセシビリティ(Accessibility)とは
「近づきやすさ」「利用のしやすさ」という意味から派生して、障害の有無にかかわらず、その情報やサービス・コンテンツを円滑に利用できること。

ーーユニバーサルデザインの視点を取り入れたコンテンツが、イマーシブシアターの領域ではまだまだ少ないのですね。

和久井さん:そうなんです。私の知る限りでは、真っ暗闇の中に入って視覚障害者の人にアテンドしてもらい、視覚以外の感覚やコミュニケーションを楽しむ「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」と、聴覚障害者のスタッフのサポートを得ながら、その場で手話を学びつつ謎解きをする「うしなわれたこころさがし」くらいでしょうか。

2つとも実際に体験したことがあるのですが、どちらもとても素晴らしい体験でしたし、障害者が当たり前に参加したり、スタッフとして運営に携わったりしている状況がすごく良いなと思いました。

ーー「障害のある人たちも当たり前に参加しているイマーシブシアター」は、健常者の人たちにとっても新たな発見がありそうです。

和久井さん:「うしなわれたこころさがし」を一緒に体験した友人は、参加後に「スタッフの人たち、本当に聴覚障害の人なの?」と驚いていました。おそらく彼の思う「障害者」のイメージと実際の姿に乖離があったからこそ、そういった感想が出てきたのだと思います。

障害者の方と関わる機会を持つことで、それまで自分が持っていた無自覚な差別意識や偏見に気づくかもしれません。

栗山さん:「ダイバーシティ」や「インクルーシブ」という言葉自体は浸透しているものの、普段自分が生活している世界が本当にインクルーシブなものになっているわけではないと思うんです。

障害者の方と健常者の方の間に明確な線引きがあって、コミュニティが分かれてしまっていたり、関わる機会があっても「健常者がかわいそうな障害者たちに何かしてあげなきゃ」という歪んだ関係構造になっていたり。

そうではなく、健常者の人も障害者の人も当たり前に入り混じって馴染んでいるような世界にできればと考えているので、そのための演出はこだわっていきたいですね

ーーイマーシブシアタープロジェクトについて、今後の展望を教えてください。

栗山さん:このプロジェクトを運営する企業を設立、神戸市で法人登記を行い、2024年の9月に一番初めのイマーシブシアターを養父で開催予定です。

プロジェクトメンバーは、ブラインドライターズからは和久井さんとロービジョンのスタッフの方、norosiからは私とコミュニケーションマネージャーの北川の計4名になります。

ーー今回のイマーシブシアタープロジェクトを養父で開催しようと思ったきっかけはなんでしょうか?

栗山さん:もともと和久井さんが養父を知ったのは、昨年norosi(※2)が主催した「hidane Camp (旧:リアルhidane)」に参加いただいたのがきっかけですよね。

今回、養父市の自治体職員の方に今回のプロジェクトの企画を伝えたら「やったらいいじゃん!」という感じで開催できそうな場所や、運営に協力してくれそうな学生たちがいる隣町の専門大学校を紹介してくれて。すごく親身にアシストしてくれて本当にありがたかったですね。

(※2) norosiとは
アイデア段階から挑戦できる官民連携のスタートアップスタジオ。全国から9自治体・21企業がnorosi会員として加盟しており、所属するスタートアップ・起業家は各種サポートプログラムのもとで事業開発に取り組める。

和久井さん:そうですね、その点もすごくやりやすいと感じました。またロケーションの観点から話すと、自然豊かな田舎の雰囲気が、いい意味で手付かずのまま残っている。この間見学に行った明延鉱山も「昭和の空気そのまま」という感じで、物語の舞台にピッタリだなと思います。

栗山さん:養父は歴史映画「レジェンド&バタフライ」や、ディズニードラマ「ガンニバル」のロケ地でもあります。実は色々な映像作品のロケ地になっている、評判の良い地域なんです。

養父を含む但馬エリアでは、毎年9月に「豊岡演劇祭」という芸術祭を開催していて、その期間は兵庫県内で色々なところで演劇が開催されます。芸術や演劇に対して理解がある地域だという点も、イマーシブシアターを開催する上でちょうど良いなと。

ーースタートアップ・起業家の視点から、どんな人が養父を訪れるべきだと思いますか?

栗山さん:やりたいことやアイデアが明確ではない人も、この町に降り立って、車を降りて、そこに立つことで新たな発見が生まれるなと思います。

一度現場を見てみる、一度自治体の職員さんに話を聞いてみる。そうするうちにひらめきが生まれたり、面白いことが勝手に動き出したりして、見える世界が全然変わってくるんです。

私たちも養父市に何度か来るうちに、いつの間にか古民家を買ってリノベーションして「triven Fab」と名前をつけて、サテライトオフィスにしちゃったり(笑)。

「何かしたいけれど、その『何か』がまだ決まってない」という人たちこそ、集まってみることで面白いことが起きると思います。

和久井さん:例えば都心部だと、何でも揃っているじゃないですか。「ドーナツ屋さんをやろう」と思い立っても、ちょっと歩けば「あるじゃん」となる。

そういう満ち足りているまちだと、あえて挑戦しようと思う機会も少ないのかなと思います。

でもここはまだまだフロンティアを開拓できるし、昔の状態で残っているものを活かして新しいこともできる。「自分がこのまちのファーストペンギンとして、新しいことを生み出したい」という人はぜひ来てほしいですね。

二人が参加したhidane Campの様子はこちら