説得力のあるTAM・SAM・SOMの計算方法|必要な理由やスタートアップの具体例も解説
TAM・SAM・SOMは市場規模を評価するためのフレームワークで、新規事業のピッチデックに記載されることも多い指標です。
TAM・SAM・SOMを高い精度で見積もることができれば、事業のポテンシャルを根拠を持って伝えられるだけではなく、起業家個人の信頼性向上にもつながります。
本記事では今回は100名以上のスタートアップ立ち上げ支援を行ってきたスタートアップスタジオ「norosi(ノロシ)」の知見をもとに、各指標の詳細や計算するメリット、具体的な計算方法を解説します。
この記事の目次
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TAM・SOM・SAMとは
TAM・SAM・SOMはそれぞれ下記の意味があります。
- TAM(Total Addressable Market):ある事業が獲得できる理論上の最大市場規模
- SAM(Serviceable Available Market):TAMのうち、実際に顧客としてアプローチできる市場規模
- SOM(Serviceable Obtainable Market):SAMのうち、ある事業が現実的に獲得可能な市場規模
TAM・SAM・SOMを活用することで、事業の成長可能性を把握できます。
TAM:事業のビジョンを市場の形で示した指標
TAM(Total Addressable Market)は「ある事業が獲得できる理論上の最大市場規模」を指します。
例えば民泊のマッチングサービスAirbnb(エアビーアンドビー)は2008年のプレゼンテーションで、事業のTAMを「世界中の宿泊市場」、その規模は「20億ドル以上」と定義しました。
これは、Airbnbが単なる民泊ビジネスの効率化ではなく、ホテルを含めた包括的な宿泊体験の変革に挑戦する事業であることを表しています。
このように、TAMは事業のビジョンや目的を市場の形で数値化したものであり、事業の潜在的なポテンシャルを示す指標とも言えます。
SAM:アプローチ可能なターゲット市場
SAM(Serviceable Available Market)は、TAMのうち自社が実際にアプローチできるターゲット市場の規模です。
先ほどのAirbnbの例では、事業のSAMは「格安ホテルかつオンライン予約の市場規模」、その規模は「5億6,000万ドル」と定義しました。
TAMでは「すべての人」「宿泊市場全体」を対象としていた一方、SAMでは「格安ホテルを検討している人」「オンライン予約ができる人」に絞り込まれており、Airbnbのサービスにマッチしないターゲットは対象外となっています。
このように、SAMは
- サービス特性
- 代替可能な競合
- 言語的・地理的な制約
などを考慮して算出されており、現実的にアプローチ可能な範囲を特定する指標になります。
SOM:「今、狙うべき」市場
SOM(Serviceable Obtainable Market)は、SAMからさらに絞り込んだ「今の時点」でアプローチ可能な市場規模を指します。
TAM・SAMと比較して最も現実的な指標で、「その企業が今目指すべき、売上目標の最大値」と言い換えることもできるでしょう。
SAMの規模がいくら大きくとも、事業に投資できるリソースがなければ実際にその市場へアプローチできません。
SOMでは、自社が現時点または初期段階で獲得可能なリソース、すなわち
- 人材
- 予算
- ネットワーク
などを考慮した、達成可能な数値目標を算出します。
TAM・SAM・SOMを計算する理由
TAM・SAM・SOMを計算する理由やメリットを解説します。
事業の収益(必要な投資額や撤退ライン)を見極めるため
TAM・SAM・SOMの計算は、短期・中期・長期の事業の収益性を見積もる上で不可欠です。
新規事業の各フェーズにおいてどのくらいの収益が狙えるか把握できるようになると、
- どの程度の投資額であれば許容できるのか
- 撤退を判断するタイミング
などの見積もりが立てやすくなります。
TAM・SAM・SOMを的確に把握することは、事業リスクが過剰に高まるのを防ぎ、闇雲な投資による失敗を避けることにもつながります。
事業の成長性を投資家にアピールするため
TAM・SAM・SOMは投資家の説得材料としても重要な指標です。
スタートアップは、SOMへの参入(初期ユーザー獲得)→SAMへの参入(拡大期)→TAMへの参入(複数事業の立ち上げやグローバル化)という流れで自社を成長させていきます。
TAM・SAM・SOMにおける市場の大きさを示し、具体的なステップや競合他社との差別化ポイントを語ることができれば、事業成長のストーリーがより明確になり、投資家も事業の未来像をイメージしやすくなるでしょう。
結果、サービスの中長期的な事業価値を効果的に伝えることができ、投資家へのアピールにつながります。
「今やるべきこと」の優先順位を明確化するため
TAM・SAM・SOMの計算は、施策における優先順位を整理する上でも欠かせません。
壮大なビジョンを掲げる起業家ほどTAMやSAMを追い求め、その市場にアプローチするアイデアを考えたくなるもの。
しかし、新規事業はリソースが限られることも多いため、初期段階では資源をSOMに集中させることが重要になります。
SOMを明確にすることで「今、実行すべき施策」が明らかになり、効率的な事業運営ができるようになります。
TAM・SAM・SOMの計算方法
TAM・SAM・SOMの計算方法としてよく使われるのが「トップダウン法」と「ボトムアップ法」です。それぞれの方法について、具体的なやり方を解説します。
トップダウン法
トップダウン法は世の中にある統計データをもとに、自社のターゲットとする市場規模を計算する手法。特にTAMを算出する際に使われます。
たとえば、ある業界全体の年間売上高をベースに、自社が対象とする顧客層や地理的エリアを絞り込むことで、自社のTAMを算出できます。
公的機関の調査やリサーチ会社の発表資料をもとに、自社が狙う市場規模を特定し、必要であれば「市場全体の◯%がターゲット層」と市場を絞り込み、推計を導き出します。
統計データを活用した市場規模の算出方法を詳しく知りたい方は下記の記事をご覧ください。
トップダウン法で説得力のある数値を算出するポイント
「市場全体の◯%がターゲット層」と絞り込みを行う際、掛け合わせるパーセンテージを大まかに決めてしまうと、導き出されたTAMが実態とかけ離れてしまうことがあります。
実態に近づけるためにも、年齢/性別/エリアなどセグメント別のデータと照らし合わせながら、市場全体に対する自社ターゲットの割合をよく調べましょう。
また、データはなるべく最新のものが望ましいですが、過去のデータしか入手できない場合は、業界トレンドや最新のレポートを参考に成長率を加味することで精度を高められます。
ボトムアップ法
ボトムアップ法は、自社が実際に集めた顧客データを基に市場規模を計算する手法で、SAM(アプローチ可能な市場)やSOM(獲得可能な市場)を算出する際に効果的です。
もうすでに事業が立ち上がっている場合は、顧客1人あたりの売上や購入頻度を分析し、ターゲット顧客の総数に掛け合わせて市場規模を計算します。
これから市場を開拓するスタートアップや事業立ち上げ期では、アンケート調査を通じて顧客1人あたりの平均購入額や購入頻度を把握し、おおよその市場規模を掴むことが多いです。
アンケート調査のやり方について詳しく知りたい方は下記の記事をご覧ください。
ボトムアップ法で説得力のある数値を算出するポイント
SAMやSOMをボトムアップ法で算出する際は、ターゲット市場の特性や競合シェアのデータとも掛け合わせながら「現実に即したものになっているか」をチェックしましょう。
ボトムアップ法でSAM・SOMを算出する場合、顧客の人数や平均購入金額を甘く見積もると、実態の数値よりも多く算出されてしまう危険性があります。
特にSAMやSOMは短期〜中期の経営戦略と紐づいているため、TAMと比較すると予測が立てやすいもの。
投資家側も事業の投資評価をする際、「SAMやSOMが実態に即したものになっているか」、すなわち起業家の未来予測の精度の高さを見ています。
過度に楽観的な見積もりは信頼を損なうだけでなく、事業計画全体の整合性にも影響を及ぼしますので、冷静な振り返りは必須です。
日本のスタートアップにおけるTAM・SAM・SOMの具体例
ここでは日本のスタートアップがTAM・SAM・SOMをどのように算出しているのか、具体的な事例を解説します。
freee
クラウド会計ソフト・人事労務ソフトを提供するfreeeは、2021年の「事業計画及び成長可能性に関する説明資料」にて自社のTAMを明示しました。
約1.2兆円という同社のTAMはボトムアップ法によって算出されており、その計算式は以下の通りです。
(1)潜在的なユーザーの総数 × (2)1ユーザーあたり年間支出総金額
(1)潜在的なユーザーの総数
freeeは「スモールビジネスを行う日本の個人・企業」をTAMのターゲットと定義し、「個人事業主」「Small(従業数1〜19名の企業)」「Mid(従業数20〜1,000名の企業)」の3つのセグメントを設定しています。
それぞれについて、下記の情報をもとに潜在的なユーザー数を取りまとめています。
- 個人事業主:国税庁「平成29年度統計年報」
- Small(従業数〜19名の企業):総務省統計局「2016年6月経済センサス活動調査」
- Mid(従業数20〜1,000名の企業):同上
(2)1ユーザーあたり年間支出総金額
「1ユーザーあたり年間支出総金額」は、同社のこれまでの売上実績をもとに、潜在ユーザーについて「freee会計」と「freee人事労務」の両者が導入された場合の年間支出総金額に設定されています。
freeeのTAMは公的なデータや売上実績をもとに算出されているほか、計算ロジックもしっかりと記載されており、説得力の高い情報となっています。
note
メディアプラットフォームを運営するnoteは2022年12月、東証グロース市場に上場するにあたり「事業計画及び成長可能性に関する事項」を公開、自社のTAM・SAM・SOMについて言及しました。
資料によると、同社はTAM・SAM・SOMをトップダウン法で設定しており、数値は総務省「メディア・ソフトの制作及び流通の実態に関する調査(2022年度)」の情報を根拠としています。
定義 | 金額 | |
TAM デジタルコンテンツ市場 |
デジタルサイネージや通信カラオケなども含む、広範なデジタルコンテンツ市場 | 8.5兆円 |
SAM オンラインコンテンツ市場 |
動画や音楽・スマホゲームなど、個人が保有するデジタル通信機器で閲覧可能なコンテンツの市場 | 4.8兆円 |
SOM オンラインテキストコンテンツ市場 |
オンラインコンテンツの中でも特にテキストに絞った市場 | 1.5兆円 |
同社が定義するTAM・SAM・SOMから、noteは短期的にはテキストコンテンツに注力するものの、中長期的には映像や音声など幅広いデジタルコンテンツを扱う可能性が示唆されています。
まとめ
TAM・SAM・SOMの説得力を高めるためには、トップダウン法の場合は市場全体に対する自社ターゲットの割合を正確に測ること、ボトムアップ法の場合はターゲットの数や購入頻度をシビアに見積もることが重要です。
今回ご紹介した計算方法や日本のスタートアップの事例を参考に、根拠のある数値を提示できれば、投資家やステークホルダーからの信頼を得やすくなるでしょう。
また、TAM・SAM・SOMは「一度定めたら変えてはいけない」というものではなく、市場環境の変化や競合の出現、事業の推進状況を踏まえて柔軟に更新していくものです。
事業のビジョン(未来)と直近やるべきこと(現在)を俯瞰するツールとして、「TAM・SAM・SOM」のフレームワークを使ってみてください。