ポイントは期待役割のチューニング。行政とスタートアップが交わり、イノベーションを生む「相互理解の進め方」
行政がスタートアップ支援に積極的に乗り出すようになった今日、行政とスタートアップが協業しながら、社会課題の解決や行政サービスの質向上を目指すことが当たり前のこととなりつつあります。
一方で行政機関とスタートアップの間には、コミュニケーションの齟齬や視点のズレなど、大きな溝があることもしばしば。
今回は神戸市のスタートアップ支援を担当する高見氏と、神戸市からスタートアップ支援関連事業を受託しながらも神戸市の支援を受けているアドリブワークスの山岡が対談。
行政とスタートアップ、両者の期待はなぜ「ずれる」のか。そしてそのずれを埋めるためのポイントを話しました。
プロフィール
山岡 健人
早稲田大学卒業後、IT業界を中心にキャリアを積み、アクセンチュア(株)では日本最大規模のJV立ち上げ等のコンサルティング業務を担当。2018年より(株)アドリブワークスを創業。誰もが気軽にアイデアを投稿し、仲間を集め、育てるためのオンラインコミュニティ『triven(トリブン)』を開発・運営。併せて、創業チャレンジャーの個性を活かした新たな事業創出を目指す全国の自治体・企業による官民連携スタートアップスタジオ『norosi』を主催。
プロフィール
高見 直矢
2015年4月、老舗繊維系専門商社へ入社し、法人向け企画営業と採用担当を経験。その後、HR Techベンチャーへ転職し、法人営業・営業企画・グロースマーケティングに従事。2022年11月より神戸市へ入職。現在は経済観光局 新産業創造課にてイノベーション専門官を務める。
自治体から応援される会社には「まち作りへの姿勢」と「組む理由」が必須
山岡:スタートアップが自治体と組みたい理由は色々あると思いますが、「行政からのプッシュを受けたい」というのも大きいと思っていて。例えば「神戸市と協業経験のあるスタートアップ」という認知を獲得できれば、今後の成長の大きな後押しになります。
一方で自治体からすると「公平性の観点から一社に肩入れするのは難しい」とも言われますが、高見さんはそのあたりはどう考えていますか?
高見さん:公平性や透明性については、行政機関として適切に対応していかなければならないところです。そのため、各自治体が実施するプログラムでは有識者を含めた「審査会」を行うことにより、担保しております。
逆に言えば、審査を通過したのであれば事業のスコープ内で支援できますので、あまり気にする必要がないのではないかと思います。
山岡:「この会社はプッシュしたい」「一緒に組んで何かやりたい」と思えるスタートアップの条件はありますか?
高見さん:やはり「神戸のために何かしたい」と言ってくれるスタートアップですね。
私たちもボランティアではないので、神戸の課題やそれが解消されない理由を示してくれた上で「自分たちと行政がタッグを組むことで、神戸をより豊かなまちにしませんか」と提案をしてくれた方が応援しやすい。
山岡:「地域の観光地を盛り上げましょう」とか「地域課題を解決しましょう」とか、どの自治体にも提案可能なものではなく、もう一歩踏み込む必要があるのですね。
高見さん:そうですね。どの自治体にも通じるような言葉だけでは賛同しづらいときがありますね。
山岡:でもスタートアップの目線からすると、しっかりまちに入り込まないと「この自治体だから刺さる」というフックをなかなか見つけられなさそうです。提案の準備が足りてない人が多い、ということかもしれませんが。
高見さん:確かにハードルは高いかもしれない。でも本質的にまちの一員となって「まちを一緒に変えていきましょう」と言ってくれるような人たちだと、積極的に応援しがいがあります。
あとは「行政と組む理由がある」という点もポイント。広くインターネットが普及したことにより、サービスをユーザーに届ける方法が多様化しています。言ってしまえば、行政と連携せずともマーケットに広げられる環境が整っている状態ですよね。
そうなったときに神戸市としては「なぜそのスタートアップと組む必要があるのか」、その必然性が求められると思います。
山岡:行政にしかできないことをしたい、ということですね。具体的にはどんな視点がありますか?
高見さん:例えば公地利用、行政の許可が必要な実証、行政福祉サービスに関わることなど、行政でしか対応ができないものでしょうか。それ以外にも行政の立場上、市内企業の成長支援をすることも重要ですので、双方に意味のあるマッチングになる場合にお繋ぎすることもあります。
いずれにせよ、税金を納めていただいている市民の方々に対する説明責任があるので「なぜ僕たちがやらなければいけないのか」という大義名分は必要です。
山岡:「神戸市と組まないと、このまちでこんなことができないんです」という点を明確にしなければならないんですね。
高見さん:そうです。しかしながら、仮に行政と組んだからと言って、ずっと連携し続ける必要はないです。事業の成長に合わせて、自分たちの力だけで何かプロジェクトやイベントを立ち上げようとしているときに、無理に「神戸市さんも」と声をかけていただいたりとか。
ありがたいけれども、そういった関係性は不自然だし、どの企業でも自由に活動できる状態の方が、本来あるべき姿だと思っています。
なので、あくまでも僕らは行政にしかできないことで、神戸を良くするための仕事に全力で集中する。それ以外は黒子に徹するというスタンスで取り組んでいます。
なぜ「ここ」でやるのかは関係性の中で決まる? スタートアップの拠点選びの軸
山岡:スタートアップがどこで起業するかって、案外難しい問題ですよね。
「この自治体でしか受けられない支援がある」というファンクション的な視点が一つポイントとしてあると思っていて、神戸市は「3年間・最大1000万円」という骨太のスタートアップ補助制度が大きな魅力です。
一方でロケーションの視点、いわば「このまちで頑張りたい」という信念や感情もポイントになるのかなと。
例えばアドリブワークスは神戸に本社がありますが、私の地元・愛媛や東京にも拠点を持っていて、いずれも行政と一緒に起業家支援プロジェクトを実施中です。
高見さんは「どこで起業するか」という問いについて、どう思われますか?
高見さん:上場を目指すようなスタートアップの場合、あまり使われていない拠点はコストと見なされるでしょうけど、山岡さんはリレーション構築の観点でもオフィスを活用しているんですね。
その観点では行政との関係性に限らず、例えばあるエリアで大口顧客ができたら、新たにそこに支店を作ることはよくあると思います。拠点選びの軸は、そうした考え方とそこまで大きく変わらないんじゃないかな。
山岡:手前味噌ですが、norosiにいるスタートアップたちで神戸に登記してくれる人たちのほとんどが「アドリブワークスが神戸にあるから」という理由で登記場所を選んでくれているんですよね。
論理的には説明しにくいけれど、「どこで起業するか?」は一個人として、そして会社として、これまで築いてきた関係性の中で自然と決まっていくのかなと思います。
短期的な成果を追わず、大きなロードマップを見据える姿勢が高品質のマッチングを生む
山岡:僕たちもスタートアップ創出のために、誰かと誰かを「繋ぐ」仕事をしていますが、気軽な気持ちで繋いでも良いマッチングにつながることってほとんどない。
この「繋ぐ」という行為には、すごく責任が伴いますよね。
きちんと仮説を立てて繋いで、繋いだ後もその仮説が正しいものだったかウォッチする。そのくらい最後まで責任を持たないと「繋ぐ」という仕事の価値は出ないと思っています。
高見さんにはこの「繋ぐ」お仕事について、すごく丁寧にコミュニケーションを取っていただいているのですが、何かポリシーがあったりするのですか?
高見さん:双方のニーズを解像度高く理解することと、社交辞令で話さないことを大事にしています。
具体的には、スタートアップとのディスカッションの中で「こんなことが課題だ」「改善したい」という具体的な事柄が上がっていて「こういうふうにやれば解決できそう」まで共有されているタイミングで、それが実現できそうな事業者さんにお声がけします。
そこまで解像度を上げてはじめて「繋ぐ」が実現できるのかなと。そのため、その場だけの社交辞令的に「支援しますよ」とは言わないようにしています。
山岡:色々な自治体さんとの関わりがありますが、ここまで高い質・頻度を保ってビジネスマッチングしているのはさすが神戸市だなという印象です。「神戸で起業することのどこがいいんですか」と聞かれたとき、抽象的で上手く説明しづらいのですが(笑)、この「繋ぐ力」は確実に強みですよね。
高見さん:そこで重要なのが、成果にこだわりすぎないことだと思っています。
無理やり両者をマッチングするのではなく、今ある課題やニーズをしっかりキャッチして、そのニーズを叶えられるスタートアップを見つけて繋ぐ方がより確実にスタートアップのためになりますし、市内事業者にとっても取り組みやすい。物事をシンプルに捉えて、ちゃんとやり切ることを徹底しています。
山岡:「成果にこだわりすぎない」というスタンスはチーム全体で保つのが難しいですよね。
高見さん:勘違いしてはいけないのが「数字にコミットすることは最も大事なこと」だと思っています。その上で、大きな目標を達成するために、短期的な見栄えだけを気にしてゴールに直結しない数字を追うことはしないことを意識しています。
スタートアップが生まれ続ける都市にするためには、わかりやすい成果が出ない時期もあるけれども、その活動に問題があるのではなく、大きなロードマップを着実に進んでいるということを正しく理解してもらえるように、我々がしっかりと関係者への説明責任を果たさなければなりません。
神戸市は行政ということもありますし、僕らのような「イノベーション専門官」という外部人材を登用して支援にあたっているので、そういう意味では事業の計画含めて、非常にやりやすいんじゃないかなと。
山岡:神戸市のスタートアップエコシステムの中核を担う「イノベーション専門官」という役職は、単に外部から優秀な人材を集めるというだけではなく、大きな目的を達成するために機能的な組織設計になっているんですね。
自治体協業プロジェクトで求められるのは「実行力」と「成長」、「地域へのリターン」
高見さん:自治体のプロジェクトには「委託事業」と「補助事業」があって、アドリブワークスは神戸市において「分野特化型インキュベーション事業」の補助事業者、「AIスタートアップ創出事業」の委託事業者に採択されていますよね。
実はこの「委託事業」と「補助事業」では、関わる自治体側のスタンスが大きく変わってくると思うんです。
山岡:どういうことでしょう?
高見さん:委託事業の方は、契約書に書かれている事項をきちんと実行していただくことが受託者さんのミッション。なので求めているのは「実行力」です。
そしてこの事業が失敗したとしても、究極的には計画を立案し、契約書を作り、事業者を選定した行政側に責任がある。担当者には「確度の高い計画を描く力」と「計画通り遂行させるマネジメント力」が求められます。
一方で補助事業の方は「採択事業者への投資」という側面が大きい。ある領域のビジネスで頑張りたいという事業者が将来成長するために、行政が金銭的な援助をするという立て付けだからです。
なので、補助事業の採択者の方と本来話すべきことって「2〜3年後、どう成長していたいのか」なんですよね。
山岡:委託と補助の違いを意識してない方も多いでしょうし、僕たちも自治体職員さんから「ビジネス、うまくいってる?」って聞かれることはまずない(笑)。高見さんはグイグイ聞いてくれるのですが、これってすごく珍しいですよね。
スタートアップ側も「とりあえず1年間きちんとレポーティングして、滞りなく補助金をもらおう」というスタンスの人が大半だと思いますが、本質的に補助金は行政からの投資である、という視点は肝に命じなければいけないですね。
高見さん:明確な成果物を求める委託とは異なり、補助事業はその性質上、公金が水に流れてしまう可能性が非常に高い。その中でも職員には、会社の成長とこのまちへのリターンをもたらす責任がある。山岡さんにもかなり踏み込んでビジネスのことを聞くのは、そういう理由があるからです(笑)。
互いの「期待役割」を受容することで、スタートアップと支援者の溝は埋まっていく
高見さん:僕たちはアドリブワークスのことを「二つの目」で見ているんですよ。
一つは神戸市内にいる事業者であり、成長支援の対象として。もう一つは「ひょうご神戸スタートアップ・エコシステムコンソーシアム」の一員であり、互いに協力し合うプレーヤーとして。
成長支援の対象としては、とにかく首都圏をはじめとして色々なエリアにビジネスを広げて、お金を稼いできてくださいということで、そこに対して全力でお手伝いさせていただきます。
一方でプレーヤーとしては、同じ神戸市でスタートアップ支援をするパートナーなので、こちらからガンガン要望もするし、要望も受けたい。この切り替えがあるので、山岡さんからすると話す中で急にテンションがスイッチする感覚があるのかもしれない(笑)。
山岡:確かに「今どんな立場でこの質問をされてるんだろう?」と考えるときがあります(笑)。でも自治体と深く関わるスタートアップは、そういう二面性を抱えているという前提で相対する必要がある。
高見さん:でもアドリブワークスというか、あらゆるスタートアップもそうですよね。例えば「神戸に本社を置いていて、神戸市の事業を受託しているけど、自社ビジネスのマーケットは日本全体、世界を狙っている」とか。それは全然ありだと思っています。
その上で重要なのは「神戸」とか「日本」とか、そのくくりにおいてどんな役割を果たすかということ。
僕はよく「期待役割」という言葉を使うんです。
例えば「日本」という国を構成する一員として、自分たちはどんな期待役割を担うべきなのか。神戸市であれば「市民のために」という視点を持ちつつ、他方では日本という国の政令都市として、どんな機能を期待されているのか常に考えないといけない。
山岡:それは所属する組織の数だけ、期待役割も存在するということですよね。アドリブワークスであれば、神戸において果たすべき役割も持っているし、日本における役割も、世界における役割もある。
高見さん:おっしゃる通りです。そしてそれ以上に重要なのが、神戸と関わりを持ってくれる人たちが、どんな期待役割を担っているかを知ること。
例えば、アドリブワークスの事業の方向性としてはこっちの方向に行きたいが、神戸市としては「市の事業者としてこういうことをしてほしい」という議論をしますけど、そのときにきちんと互いの期待役割に対して理解がないと決裂してしまう。
今取り組んでいることの良し悪しを、自分のスコープの範囲だけで表面的に指摘してはダメなんですよね。
「そういう期待役割を担っているのであれば、そういうこともあるよね」と、寛容になれるかどうかが重要。
山岡:そのチューニングがずれるとギクシャクしてしまいますね。
自治体とコミュニケーションを取るとき、「自分たちの地域」というスコープを取り外すのはほぼ不可能に近いと思うんです。日本・世界の市場を狙っているスタートアップとのコミュニケーションでも「それはうちとは関係ない話です」となってしまう。
その輪を広げる、許容する視点を持っている高見さんは本当に稀有だなと。
高見さん:俯瞰で見れば、その期待役割はいずれどこかで重なるはずなんです。アドリブワークスが様々な地域で頑張って成長してもらうことは、僕たち行政にとっても確実にメリットがあるはずなので。さらにそこで出会った起業家たちが、いずれ神戸で会社を作ってもらえれば万々歳ですし(笑)。
逆にスタートアップの方から行政へ向けて「僕らは日本へ・世界へ向けてこういう活動をするんですけれども、この地域ではこんな還元をすることができます。どうでしょう?」と伝えてもらった方が分かりやすいかもしれないですね。
山岡:言葉では理解していても、なかなか実行するのは難しいですよね。でもそれを実現しているのが神戸市の面白さであり、やりやすさでもあります。
各々が異なる役割期待を持ちながら、互いにチューニングしてコミュニケーションを取る。
そんな意識が根づけば、全国のスタートアップ支援はもっとうまく回るんじゃないかなと思いました。